202406のエントリ

 山本 修一郎

この連載コラム「山修の開発文書品質入門」では,開発文書に携わる皆さんに役立ちそうな開発文書の品質につながる知識を分かりやすく解説します.

バック・ナンバ

 

 このコラムの第12回「非機能要求と例外」では,システムの構成要素間の依存関係に基づく機能例外を考慮することによって,システム全体の非機能要求を確認する方法を考察した.これは,あるグループ企業で生産能力を越えた仕事を受注した結果,品質検査工程で上司から手抜きを強要された社員の外部通報によって社会問題化した事例に基づくものであった.

 2024年6月になって,このグループ企業だけでなく,日本の多くの自動車メーカーで,型式認証不正が発覚して,国土交通省が立ち入り検査する事件になった.たとえば,自動車業界の経営層による、次の意見が紹介されている[1].

「順法性の観点が欠けていた」

「業務手順で足りない部分があり,それを現場の判断で補う仕事をさせてしまった」

「当然出ると思っていた.隠し切れるものでもない」

 

本稿では,例外に基づいて業務プロセスの包括的な完全性を制御する方法[2][3]を紹介する. 

まず,自工程完結(Ji-Koutei-Kanketsu, JKK) [4]を説明する.生産工程の自工程完結は,特定のプロセスだけでなく,生産プロセス全体を最適化する手法である.JKKを導入するには,業務の流れを定義する業務手順だけでなく,業務要件を定義する要件整理シートを定義する必要がある.業務プロセスごとに必要な項目・情報,業務インプット,業務アウトプットのフィールドから要件整理シートを作成する.必要事項・情報欄では,製品の品質の条件として入力,ツール,方法,能力・権限,理由を記入する.入力フィールドには,いつ,どこで,何を受け取るかなどの基準を記述する. 出力フィールドには,どこに,いつまでに,何を生産するかを記述する. 基準フィールドには,「プロセスの出力が良品である」と判断するための基準を記述する.
JKKの重要な特徴は,ビジネスプロセス要素ごとに完全性条件を明確にできる要件整理シートである.

 

次に,欠陥未然防止図(Defect Prevention Diagram, DPD)を説明する.(文献[2]ではDPDを自工程完結図式と称していたが,欠陥を未然防止できることから改名した)

図 1 に示すように,DPDは6つの辺を持つ六角形のノードによって定義する.これらの側面は,入力,出力,受取条件,資源条件,例外条件,判断条件に対応している.受取条件,入力,資源条件,および判断条件の側面は,外部要素からの業務プロセスへの流れを表す. 出力および例外条件の側面は,業務プロセスから外部要素への流れを表す.例外条件と出力を異なる流れとして分離した点に,DPDの特徴がある.

 

 

図1 欠陥未然防止図(DPD)

 

DPDの関係には,「接続関係」と「伝播関係」の2つがある.

業務プロセス間のフローを定義する「接続関係」は,プロセスの出力側面から他のプロセスの入力側面に流れる二項関係である. 

「伝播関係」は,1) プロセスの例外条件が他のプロセスの受取条件に流入すること,および 2) プロセスの例外条件が他のプロセスの例外条件に流入することを定義する.「伝播関係」は,プロセスの例外を前方および後方にある他のプロセスに伝播するために使用される.前方伝播では,下流のビジネスプロセスから上流のビジネスプロセスに例外を,流れとは逆に伝搬する.後方伝播では,上流のビジネス プロセスから下流のビジネスプロセスに例外を伝搬する.

このような例外伝播分析により,ビジネスプロセス改善の候補を発見できる.プロセスに例外が通知された場合,プロセスは例外を処理するために受取条件,資源条件,判断条件を変更する必要がある.この仕組みによって,環境変化に応じて持続可能性を向上させる包括的なプロセス進化の機会を提供できる.

 

DPDで業務プロセスが完了したかどうかを確認する条件は次のとおりである.

  1. 受取条件が満たされていない場合,プロセスは開始されない.
  2. 資源条件が満たされない限り,プロセスは開始されない.
  3. 自プロセスの処理結果が判断条件を満たさない場合は出力されない.
  4. 自プロセスが起動できない場合,または出力が判断条件を満たさない場合に例外条件を生成する.
  5. 受信条件を満たす入力に対して資源条件が満たされた場合,自プロセスの判断条件を満たす出力を生成する.

 

以下では,JKKとDPDを比較する.

まず,JKKでは業務フロー図と業務プロセスごとに要件整理シートを作成する.これに対して,DPDでは,欠陥未然防止図だけで業務プロセス全体を俯瞰する.

次に,JKKでは,要件整理シートで良品条件として,受取基準,道具,方法,能力・権限,理由,出力,判断基準を記述する.DPDでは,入力,受取条件,資源条件,出力,判断条件を図のラベルで記述する.DPDでは例外条件を明示するが,JKKでは,例外条件を記述しない.

 

DPDを使って,自動車メーカーで起こった型式認証不正の要因を分析した結果を,図2に示す.開発工程から試験車両を受け取ると,認証工程では試験成績書を作成する.認証工程の,まず,試験車両の受取条件は試験期間のリードタイムを確保できること,資源条件は,試験条件と試験期間ならびに型式認証制度を守ること,判断条件は,型式認証の合格基準である.

 

 

図2 型式認証不正と例外伝搬

 

認証不正が発生した理由は,十分なリードタイムが取れない状況で試験車両が認証工程に渡されたこと,型式認証制度の遵守が欠落していたこと,合格基準が型式認証制度に対して不十分であったことなどである.本来,これらの条件が満たされない場合,認証工程で例外を検出して,開発工程に欠陥を伝搬させて対応する必要があったことが,図2から明らかである.

DPDは,例外を見える化することによって欠陥を未然防止できる「欠陥未然防止図」である.「良いことしか起こらない」ことを前提とするのではなく,「想定外の状況が起きるかもしれない」ことを前提とする欠陥の未然防止が求められている.
JKKでは,「良品条件」の明確化を前提としているので,例外は「あってはならないこと」として無視されている.

しかし,ビジネス環境は変化するから,変化を例外として検知して適切に対応する必要がある.

 

参考文献

[1] 東洋経済online, トヨタ,ホンダでも発覚.止まらぬ認証不正の連鎖,ルール破りは論外だが制度の見直しは必要, 6/7(金), 2024
[2] 山本修一郎, 自工程完結図式の提案,電子情報通信学会,KBSE研究会,5.18, 2024
[3] Shuichiro Yamamoto, Business Process Completeness, eKNOW 2024, https://www.thinkmind.org/index.php?vi ... eid=eknow_2024_1_50_60018
[4]佐々木眞一, 自工程完結-品質は工程で造り込む,JSQC選書,日本品質管理学会, 2014

 

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